ハマグリ(読み)はまぐり(英語表記)Asiatic hard clam

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハマグリ」の意味・わかりやすい解説

ハマグリ
はまぐり / 蛤
Asiatic hard clam
[学] Meretrix lusoria

軟体動物門二枚貝綱マルスダレガイ科の二枚貝。北海道南部以南の日本全国各地のみならず朝鮮半島、中国沿岸、台湾に分布し、淡水の影響のある内湾の潮間帯から、水深10メートルぐらいの砂泥底に潜入し埋没してすむ。和名は褐色のクリの実に似ていることに由来する。ハマグリは2年で殻長およそ32ミリメートル、4年で44ミリメートル、5年で55ミリメートルとなり、最大80ミリメートル以上に達し、少なくとも6年以上の寿命があると思われる。殻形は丸みのある三角形で厚質。殻表は平滑で光沢があり暗黄褐色で、2本の褐色の放射帯があるのが典型的であるが、全体が褐色や黄白色の単色のものや、細い山形の線模様や褐点のあるものなど色彩変異に富む。殻頂はやや前方に寄っていて前に傾く。殻頂の下には放射状に配列する蝶番(ちょうつがい)の歯が並び、左右の殻がしっかりかみ合う。殻内は通常白色であるが、わずかに紫色斑(はん)のある個体もまれにある。

 産卵期は6月から10月にわたるが、盛期は8~9月の高水温期である。卵は球形で直径60~80マイクロメートル、受精後24時間で有殻幼生となる。幼生は川口付近で育ち、200~300マイクロメートルの大きさになると底生生活に移り、成長とともにしだいに沖のほうへ移る。通常、移動力は小さいが、環境が悪化すると、30~50ミリメートルぐらいの時期のハマグリは粘液糸を出して、それを抵抗板にして下げ潮(落潮流)とともに海底を滑るようにして移動する。このため一夜にして漁場から貝がすべて姿を消すことさえある。

 ハマグリは元来激しい環境変化に耐える性質があり、盛夏には39℃、厳冬期には3℃まで耐えることが知られているが、近年の沿岸都市開発のため漁獲量が激減している。このため、最近ハマグリとして市場に出回っているものの多くは、韓国や中国から輸入された別種シナハマグリM. petechialisである。同種もハマグリと同様の環境にすみ、朝鮮半島の多島海に多い。ハマグリより腹縁が丸く、殻頂は小さく前に傾くこと、および蝶番の歯の部分にかならず紫色斑をもつことで区別される。ときおりハマグリの代替品として利用されるチョウセンハマグリM. lamarckiは、大形になる種であるが、外洋砂浜にすみ、年ごとの漁獲量がきわめて不安定であるため、一部の地方的な消費に限られている。

[奥谷喬司]

食品

ハマグリは古くから食用とされ、貝塚からもアサリシジミなどとともに多数の貝殻が出土している。ハマグリには特有のうま味があるが、これはコハク酸を多く含むためである。ビタミンB2を比較的多く含む。ビタミンB1分解酵素のアノイリナーゼも含むが、加熱すれば作用しなくなり、心配はない。殻付きのものは、3%程度の塩水に半日ほど浸(つ)けて砂を吐かせてから使う。市販品には砂抜きしたものも多い。加熱しすぎると身がしまって堅くなる。また、うま味も流出するので短時間に行うようにする。殻付きは焼きはまぐり、酒蒸し、潮汁(うしおじる)などに、むき身にしたものは和(あ)え物、はまぐり飯、佃煮(つくだに)、クリーム煮、スープの実などに用いられる。地方名物では、三重県桑名の時雨はまぐり(しぐれはまぐり)(ハマグリの佃煮)や殻ごと焼く焼きはまぐりが有名である。

[河野友美・大滝 緑]

民俗

この貝にまつわる話は多く、『古事記』にはハマグリの出す汁で大国主神(おおくにぬしのかみ)の火傷(やけど)を治療したとあり、また御伽草子(おとぎぞうし)の『蛤草子(はまぐりのそうし)』や能の狂言昔話の「蛤女房」などでは、ハマグリの精が女性となって登場する。蜃気楼(しんきろう)を吐くという俗説は、中国から伝わったものである。

 ハマグリに限らず二枚貝の蝶番は、同一個体でない限り左右が絶対にあわない。この性質をもつハマグリの殻は、鎌倉時代以降の遊戯である貝覆(かいおおい)(貝合(かいあわせ))の道具として利用され、その道具類は貞節の象徴として嫁入り道具に加えられるほか、同様の意味から夫婦和合の象徴として婚礼の祝事に用いられる。

 また、昔はこの殻を、練り薬や丸薬を入れる容器にした。

[矢野憲一]

文学

『古事記』神代の大国主神(おおくにぬしのかみ)の火傷を治療した蛤貝比売(うむぎひめ)は、蛤の擬人化したものであろう。『枕草子(まくらのそうし)』に「貝は、うつせ貝。蛤。いみじう小さき梅の花貝」とある。『今昔物語集』巻30には、海松(みる)(海草の一種)の生えた蛤がみえ、『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』巻20には、蛤の放生(ほうじょう)に関する話がいくつか記されている。『山家(さんか)集』下の、「今ぞ知る二見(ふたみ)の浦の蛤を貝合せとて覆(おほ)ふなりけり」とあるのは、貝合(かいあわせ)に用いられた蛤の用例として早いものだろう。季題は春。

[小町谷照彦]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハマグリ」の意味・わかりやすい解説

ハマグリ
Meretrix lusoria; Asian hard clam

軟体動物門二枚貝綱マルスダレガイ科。殻長 8.5cm,殻高 6.5cm,殻幅 4cmに達する。殻は丸みのある三角形で厚質堅固,殻頂はやや前方に寄る。殻表は平滑で光沢があり,色彩模様は個体的に変異するが,黄色地に2本の黒褐色の放射帯のあるのが模式的で,このほかに放射帯や斑紋や点がある。また全体が栗色のものもあり,その形,色からハマグリ (浜栗) という名になったといわれるが,一方,殻が硬くて小石のよう (グリは小石の意) なのでその名がついたともいわれている。なお学名は「遊んでいる遊女」という意味で,これは本種の貝殻の内面に金泥などで絵を描いて貝覆 (かいおおい) の遊びをしたことによる。また,他の個体の殻と合わないことから貞節の意味をもたせ,結婚などの祝事にも使われる。産卵期は夏。北海道南部から九州までの砂泥底にすみ,養殖もされている。なお,移動するときゼラチン質の紐を出して,それを海中に漂わせて浮くことがある。これを「ハマグリの蜃気楼 (大ハマグリ〈=蜃〉が気を吐いて楼閣の姿を現したという話がある) 」といい,養殖場のまわりに垣をしないと逃げられることがある。食用に供され,時雨煮 (しぐれに) ,焼蛤は古来有名である。近縁種にチョウセンハマグリがある。

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