飯田岡村(読み)いいだおかむら

日本歴史地名大系 「飯田岡村」の解説

飯田岡村
いいだおかむら

[現在地名]小田原市飯田岡

西南に狩(かり)川、中央部を仙了(せんりよう)川が流れ、東は中曾根(なかぞね)村、南は蓮正寺(れんしようじ)村と接し、清水(しみず)新田によって東西に分断されている。

「風土記稿」は「和名抄」にみえる「飯田郷」の本郷と伝え、飯田郷は当村のほか堀之内(ほりのうち)村・小台(こだい)村・新屋(あらや)村・中曾根村・柳新田(やなぎしんでん)村の五ヵ村を含むという。応永二八年(一四二一)八月吉日、「相模国西郡飯田郷」のうちの田一町が、駿河国鮎沢(あゆざわ)御厨(現静岡県御殿場市)の開発領主の系譜を引くとみられる大森憲頼から同御厨内の二岡(にのおか)七所太権現(現同上)へ寄進された(「大森憲頼寄進状」内海文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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