日本歴史地名大系 「駒込七軒町」の解説 駒込七軒町こまごめしちけんちよう 東京都:豊島区駒込七軒町[現在地名]豊島区駒込(こまごめ)一丁目・同三丁目・同六丁目大和郡山藩柳沢家の下屋敷(現在の文京区六義園)の北東角で日光御成道から西に分岐する道(染井通)の北側を占める町屋。湯島麟祥(りんしよう)院領と小石川伝通(でんづう)院領に分れ、麟祥院領は同院領の駒込村(下駒込村)、伝通院領も同院領の駒込村(上駒込村)地内にそれぞれ形成された。天和―元禄期(一六八一―一七〇四)頃にはすでに町場の発達がみられたと考えられ(宝永四年「麟祥院領駒込村屋敷書上帳」麟祥院文書など)、元文二年(一七三七)百姓町屋を公許され、延享二年(一七四五)町並地になった(文政町方書上)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by