高佐浦(読み)たかさうら

日本歴史地名大系 「高佐浦」の解説

高佐浦
たかさうら

[現在地名]越前町高佐

越前海岸干飯かれい崎の北にあり、北は枝村の白浜しらはま浦、南は山越米浦こめのうら。「越前地理指南」に「大船廿艘計懸ル間アリ」とし、また「近国海上行程」として次のように記す。

<資料は省略されています>

当浦の成立については、建保元年(一二一三)頃、播磨国高砂たかさご(現兵庫県高砂市)から干飯崎田ノ浦に製塩技術をもって移住していた二四戸のうち、一八戸が当地に移住したと伝える。

慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に「高佐浦」高七八・二七四石とみえ、正保郷帳によると田方一五石余・畠方四〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む