高倉山城跡(読み)たかくらやまじようあと

日本歴史地名大系 「高倉山城跡」の解説

高倉山城跡
たかくらやまじようあと

[現在地名]広野町上浅見川

浅見(あさみ)川流域、国道六号の西側に三角形状の高倉山があり、山全体が城跡である。南北は急崖をなし、東の裾部には階段状の郭が残り、馬頭観音が祀られる。猪狩筑後守が築城し、楢葉(ならは)郡を領したという(広野郷土誌)。文明六年(一四七四)一〇月七日の岩城親隆領知判物(新編会津風土記)によれば、猪狩筑後守に宛て「三ケ村のせいはいのうち、うみ山さんやきうおんにゐたし候」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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