…定行は松山城の改修,道後温泉の整備,緋の蕪(かぶら)の生産,タルトや五色そうめんの製造と関連して知られている。寛文年間(1661‐73)藩財政の窮乏のなかで,延宝期(1673‐81)に高内(たかない)又七による災害復旧と財政再建,農村では地坪(じならし)制と定免(じようめん)制の実施という改革がなされた。4代定直は文学愛好で知られ,みずから榎本其角,服部嵐雪らに教えを受け,元禄期(1688‐1704)に松山文化の発達を見る。…
※「高内又七」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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