日本歴史地名大系 「高津波村」の解説 高津波村たかつなみむら 愛知県:刈谷市高津波村[現在地名]刈谷市高津波町・三田(みた)町・高倉(たかくら)町・山池(やまいけ)町・矢場(やば)町・原崎(はらさき)町・丸田(まるた)町南は熊(くま)村に接し、西は逢妻(あいづま)川・境(さかい)川をもって大符(おおぶ)村(現大府市)と境する。医王(いおう)寺の前から東にかけての水田は、台地の浸食谷で潟をなしていたので、ここを高津潟と称し、衣(ころも)ヶ浦(うら)の波が打寄せていたところから高津波とよぶようになったという。山の神(やまのかみ)に発見された縄文時代中期後葉の住居跡は、山ノ神遺跡とよばれる。金勝(こんしよう)寺は文明一六年(一四八四)慶宗の開基と伝える。潟の入口に島があり、弁天を祀っていたが、明治二一年(一八八八)東海道線の敷地となり、曹洞宗医王寺に移された。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by