高野山村(読み)こうのやまむら

日本歴史地名大系 「高野山村」の解説

高野山村
こうのやまむら

[現在地名]我孫子市天王台(てんのうだい)五―六丁目・東我孫子(ひがしあびこ)一―二丁目・泉(いずみ)・高野山

我孫子村の東に隣接し、南に手賀(てが)沼を望む台地上にある。村の中央部を通り成田方面に至る道沿いに集落がある。天正二〇年(一五九二)三月晦日の勝鹿之郡高之山村検地帳(船橋市西図書館蔵)では欠損があるが、畑がちであったことが知られる。寛文期(一六六一―七三)と推定される国絵図では高野山とある。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高四二石余で旗本弓気多領。天保一四年(一八四三)の組合村書上帳(川村家文書)では高八〇石余、うち高四二石余が同領で家数一九、三七石余は無民家で幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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