高野山西村(読み)たかのやまにしむら

日本歴史地名大系 「高野山西村」の解説

高野山西村
たかのやまにしむら

[現在地名]津山市高野山西

西は野介代(のけだ)村、南は押入(おしいれ)村、東は高野本郷(たかのほんごう)村に接する。東南条(とうなんじよう)郡に属する。万治二年(一六五九)高野山東村が分村、明治五年(一八七二)合併して高野山西村となるというが、郷帳類では一村のままである。元禄一一年(一六九八)以後も津山藩領。正保郷帳では田方六三四石余・畑方八六石余、元禄一〇年の美作国郡村高辻帳では一千一一〇石余、うち改出高三三五石余・開高五三石余。享保二年(一七一七)の「美作鬢鏡」では山西分六六二石余・山東分四四七石余、天保九年(一八三八)の津山領郷村帳では一千一二三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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