高野弘正(読み)タカノ ヒロマサ

20世紀日本人名事典 「高野弘正」の解説

高野 弘正
タカノ ヒロマサ

大正・昭和期の武道家 一刀流中西派宗家。



生年
明治33(1900)年10月31日

没年
昭和62(1987)年5月27日

出生地
東京

学歴〔年〕
東京高等師範〔大正12年〕卒

経歴
修道学院院長として多くの名剣士を輩出中里介山とも親交があった。また戦前、日米親善使節として米、カナダ剣道を普及。戦後主流のスポーツ剣道と訣別し、孤高を保った。著書に「剣道読本」「日本武芸譚」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高野弘正」の解説

高野弘正 たかの-ひろまさ

1900-1987 大正-昭和時代の剣道家。
明治33年10月31日生まれ。大正14年から父の佐三郎がひらいた東京神田の修道学院院長をつとめた。昭和11年日米親善使節となりカリフォルニア大でおしえる。帰国後朝日新聞社にはいり,雑誌「新武道」発刊にたずさわった。一刀流中西派宗家。昭和62年5月27日死去。86歳。東京出身。東京高師卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む