高麗板大蔵経(読み)こうらいばんだいぞうきょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「高麗板大蔵経」の意味・わかりやすい解説

高麗板大蔵経
こうらいばんだいぞうきょう

朝鮮,高麗朝で刊行された大蔵経高麗蔵,八万大蔵経ともいう。高麗板は中国の蜀板にならったもので初雕板と再雕板とがある。初雕板は 11世紀,顕宗時代から 60年余を要して文宗の末年に完成,国前本ともいう。この大事業の完成にあずかって力のあったのは文宗の第4子義天 (大覚国師) である。義天は生涯の仕事として続大蔵経の収集と開板とを行なった。この大蔵経の板木は,高宗 19 (1232) 年モンゴル軍侵入の際,兵火で焼失したので,高麗朝では難を避けて移った江華島で,再雕板を高宗 23 (1236) 年から高宗 38 (1251) 年までの 16年を要してつくった。 1524部と目録からなる。現在もその板木がキョンサンナム (慶尚南) 道カヤ (伽 倻) 山海印寺に残り,1995年世界遺産の文化遺産に登録。

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