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高宗 コウソウ

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デジタル大辞泉の解説

こう‐そう〔カウ‐〕【高宗】

[628~683]中国、の第3代皇帝。在位649~683。諱(いみな)は治。太宗の第9子。高句麗(こうくり)の平定、西域への進出など、唐の版図を広げたが、晩年は則天武后に実権を握られた。
[1107~1187]中国、南宋の初代皇帝。在位1127~1162。字(あざな)は徳基。諱(いみな)は構。徽宗(きそう)の第9子。の侵入軍と戦ったが、徽宗と兄欽宗が捕らえられると、逃れて南京で即位。のち臨安に移り、金と屈辱的な和平を結んだ。
中国、の第6代皇帝。→乾隆帝(けんりゅうてい)

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百科事典マイペディアの解説

高宗【こうそう】

朝鮮の李朝第26代の王(在位1863年―1907年)。名は煕(き)。12歳で父大院君を摂政として即位。1873年親政を始めたが,実権は妃の閔妃(びんぴ)とその一族が握った。
→関連項目閔妃暗殺事件李完用李朝(朝鮮)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高宗 コジョン

1852-1919 朝鮮王朝の第26代国王。在位1863-1907。
哲宗3年9月8日生まれ。興宣大院君李是応(イ-ハウン)の次男。12歳で即位,父が摂政(せっしょう)となるが,1873年から親政。1897年国号を大韓帝国とあらため初代皇帝となる。1907年日本の韓国保護国化政策に反対し,ハーグ平和会議に密使を送った事件で退位。日本の韓国併合後,徳寿宮李太王の称をうけた。1919年1月21日死去。68歳。日本人による毒殺説がひろまり,三・一独立運動の契機となった。姓は李。諱(いみな)は煕(き)。

高宗 こうそう

コジョン

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世界大百科事典 第2版の解説

こうそう【高宗 Gāo zōng】

1107‐87
中国,南宋初代皇帝。在位1127‐62年。北宋第8代皇帝徽宗(きそう)の第9子。姓名は趙構。康王に封ぜられ,1126年(靖康1),兵馬大元帥として金軍の南下を防ぐために河北に行き,徽宗・欽宗が捕らえられて宗室が断絶した(靖康の変)ので南京応天府(河南省)で即位。その後,金軍に攻められて転々とし,1129年(建炎3),臨安府(浙江省杭州)を行在と定めた。主和論者の秦檜しんかい)を重用,韓世忠・張俊・岳飛ら軍閥諸将をおさえて,金との間に屈辱的な和を結び,臣と称し,銀絹の歳貢を贈ったが,とにかく20年の平和を結び,その間江南の開発は進み,文化は北宋の盛時をしのぐほどになった。

こうそう【高宗 Gāo zōng】

628‐683
中国,の第3代皇帝。在位649‐683年。諱(いみな)は治。太宗の第9子で,母は長孫無忌の妹の文徳皇后。多くの兄たちをさしおいて皇太子となり,ついに皇帝の位につきえたのは,ひとえに長孫無忌の意向による。即位直後は,長孫無忌,褚遂良(ちよすいりよう)らの補佐のもと,太宗の貞観の治をうけついで,内政外交ともに問題はなかった。しかし,高句麗討伐を再開した655年(永徽6),王皇后を廃して,もともと太宗の後宮にいた武氏を皇后に冊立して以後,宮廷や官界の人物地図は急激に塗りかえられ,武后の取りまきが宮中を固めた。

こうそう【高宗 Ko‐jong】

1192‐1259
朝鮮,高麗第23代の王。在位1213‐59年。姓名は王。康宗の子。彼の治世は,内政面では,崔氏の武人政権期であり,また,蒙古の台頭に起因する,契丹人,蒙古軍などの外寇が相次いだ時期であった。とくに,1231年に始まった蒙古の侵略は激しく,32年以後高麗支配層は江華島への遷都を余儀なくされた。58年,王は崔氏に反感をもつ文武官僚と結んで,これを倒し,翌年太子王倎を蒙古に派遣して,講和を図ったが,その留守中江華島内で没した。

こうそう【高宗 Ko‐jong】

1852‐1919
朝鮮,李朝第26代の王。在位1863‐1907年。名は載晃(初名は命福)。諱(いみな)は(き)。大院君の第2子。12歳で即位すると同時に大院君が摂政となり,1873年より親政を始めたが,王妃である閔妃(びんひ)の一族が台頭して政権を掌握した。76年の開港以来,日本,清国などの圧力が強まり,これへの対応をめぐって閔氏,大院君,開化派のあいだに抗争が起きて,壬午軍乱甲申政変などの諸事件が相次いだ。日清戦争後の95年,日本により閔妃を殺され,一時ロシア公使館に避難したが,97年には王宮に戻って国号を大韓帝国と改め,皇帝と号した。

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大辞林 第三版の解説

こうそう【高宗】

中国の皇帝、朝鮮の王の廟号びようごう。唐の第三代、南宋の初代、清の乾隆帝けんりゆうてい、高麗の第二三代、朝鮮王朝の第二六代など。

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