鬼神野村(読み)きじのむら

日本歴史地名大系 「鬼神野村」の解説

鬼神野村
きじのむら

[現在地名]南郷村鬼神野

神門みかど村の西に位置し、小丸おまる川が東流する。寛永一一年(一六三四)の指出(国乗遺聞)に村名がみえ、高一〇八石余。万治四年(一六六一)延岡藩村高内検高覚でも同高、内検高は二五七石余。元禄五年(一六九二)の延岡藩領郷村高帳写(三浦家文書)では高一〇八石余・出高二〇五石余、新田高六石余・出高四石余。延享四年(一七四七)の延岡藩領郷村高帳によると高三一三石余(うち前々より改出高二〇五石余)・新田高一六石余(うち改出高九石余)。文政一一年(一八二八)宗門人別改帳(内藤家文書)によると人数六一一(うち社人二・医師一)。神門組に属した。元和五年(一六一九)の椎葉山騒動の関係者である小崎こざき(現椎葉村)の勘右衛門とその一族幕府と肥後人吉藩の処分への不満から、明暦二年(一六五六)に当村へ欠落してきた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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