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賀来飛霞 かく ひか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

賀来飛霞 かく-ひか

1816-1894 幕末-明治時代の本草家。
文化13年1月30日生まれ。医師となり,本草学もまなぶ。陸奥(むつ)や九州の各地で植物を採取。「和産薬品目録」や「救荒本草略説」などをあらわした。明治27年3月10日死去。79歳。豊後(ぶんご)(大分県)出身。名は睦之。字(あざな)は季和。通称は睦三郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

賀来飛霞

没年:明治27.3.10(1894)
生年:文化13.1.30(1816.2.27)
幕末明治期の本草学者,医者。豊後国(大分県)高田生まれ。本名は睦三郎,睦之。飛霞は号。父有軒は国東の三浦梅園に師事した。兄佐一郎(佐之)と共に帆足万里に董陶を受け,伊藤圭介らと共にシーボルトに学ぶ。天保5(1834)年兄に従って京都に行き,山本亡羊に本草を学ぶ。弘化2(1845)年高千穂など日向全域にわたって採薬。島原藩医であった佐一郎のあとをうけて藩医となる。父祖の地豊前国佐田で明治6(1873)年,牛痘を施している。11年東大小石川植物園取調係となり,15年の東京植物学会創立の基礎作りに尽力。日光,東北,上毛でも採薬し,晩年は佐田で過ごした。郷里では書家,画家としても知られた。「高千穂採薬記」「上毛黒滝紀行」『小石川植物園草木図説』など多くの採薬記や図譜を著し,史料は現在,大分県立歴史民俗資料館(宇佐市)に保管されている。<参考文献>沢武人『高千穂採薬記の周辺』,山下愛子『賀来飛霞・資料篇』

(山下愛子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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