鯛ノ浦教会(読み)たいのうらきようかい

日本歴史地名大系 「鯛ノ浦教会」の解説

鯛ノ浦教会
たいのうらきようかい

[現在地名]有川町鯛之浦郷 中野

カトリック教会。中野なかの天主堂とも称される。江戸時代初期よりキリシタンの信仰がみられた地域で、寛政年間(一七八九―一八〇一)に大村藩領外海そとめからの移住があったとされる。明治元年(一八六八)からの五島崩れというキリシタン迫害では村を離れ、やがて帰村するが、異宗徒改の俵慶馬に捕らえられ、拷問を受けた。同三年有川郷士四人にキリシタンの友吉ら六名が刀の試し斬りにされるという事件が起き、鯛ノ浦の六人斬りとよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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