鳥越山城跡(読み)とりごえやまじようあと

日本歴史地名大系 「鳥越山城跡」の解説

鳥越山城跡
とりごえやまじようあと

[現在地名]作東町鯰

吉野よしの川左岸、なまず集落の南にある中世の山城。遺構の本格的な調査は行われていない。「東作誌」によれば江見氏が代々居城し、本丸は二五間四方、その東に二間の井戸、西に櫓台跡がある。二の丸は東西一二間・南北二〇間、三の丸は東西二四間・南北二二間。江見家系図(江見文書)によれば、応永五年(一三九八)に死んだ江見助頼は赤松氏の一族として江見庄鳥越山に築城し、一万貫の地を領した。その際江見えみ城とし、のち鳥越山城と改めたという。「美作古城記」などによれば、天文(一五三二―五五)末頃、尼子氏の部将川副氏らとともに三星みつぼし(現美作町)の後藤勝基と争った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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