鳴鹿山鹿村(読み)なるかさんかむら

日本歴史地名大系 「鳴鹿山鹿村」の解説

鳴鹿山鹿村
なるかさんかむら

[現在地名]永平寺町鳴鹿山鹿

西流する九頭竜くずりゆう川が福井平野へ出る辺りの北岸に位置し、南の対岸東古市ひがしふるいち村。鳴鹿の名は早くからみえ、かなりの広域をいう呼称であったと思われる。大永四年(一五二四)一〇月三日付臨時之祭礼入用之帳(平泉寺文書)には「渡守大わたり こふなと なるか」と記されて、すでに渡場のあったことがうかがえる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に「鳴鹿村」高四六六・〇〇一石とみえるが、正保郷帳以降鳴鹿山鹿村となり、坂北郡(のち坂井郡)に属し、田方二八三石余・畠方一八二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む