鴇崎村(読み)ときざきむら

日本歴史地名大系 「鴇崎村」の解説

鴇崎村
ときざきむら

[現在地名]佐原市鴇崎

北流する大須賀(おおすか)川左岸に位置し、対岸は上小川(かみおがわ)村・関(せき)村。西端部に台地がある。時崎村とも記される。中世は大戸(おおと)庄に属した。文明三年(一四七一)正月晦日の平之胤判物(光福寺文書)によると、「大戸□(庄)鴇崎光福寺」への諸公事が停止されているが、平之胤は国分氏であった。光福(こうふく)寺は現在当地北方の寺内(てらうち)に所在し、室町後期の鴇崎は寺内をも含んでいたと思われる。大永七年(一五二七)九月日の国分朝胤判物案(同文書)にも「鴇崎光福寺」とみえる。慶長四年(一五九九)の矢作領検地では検地高三六九石余(「部冊帳」伊能家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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