鶉石村(読み)うずらいしむら

日本歴史地名大系 「鶉石村」の解説

鶉石村
うずらいしむら

[現在地名]能生町鶉石

かつら村の東、能生川左岸の低い河岸段丘上に立地。「延喜式」の鶉石駅の遺称地に比定される。もとの鶉石神社境内から滑石製の小孔を穿った祭祀石が採集され、奈良時代の祭祀遺跡と考えられている。正保国絵図石村とあり、延宝七年(一六七九)の越州四郡高帳では鶉石村高七四石余、同所改出高八石八斗余とある。天和三年(一六八三)検地帳(鶉石区有文書)では田方一〇町六反三畝余・畑方七町二反八畝余、田畑屋敷色高合一六八石九斗余で、漆木五本、村中持の茶山三町七反がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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