鶴捕寺跡(読み)かくほじあと

日本歴史地名大系 「鶴捕寺跡」の解説

鶴捕寺跡
かくほじあと

[現在地名]利根町押付新田

押付(おしつけ)新田東部に所在。嘉永元年(一八四八)に蜀亭が著した「毛吹草」によれば延宝五年(一六七七)に当地の鈴木佐左衛門の妻いとが病気となり、佐左衛門と分家の太郎左衛門・忠兵衛が養生のために、禁を犯して鶴を捕らえていとに食べさせた。この事件は太郎左衛門の娘ゆきに懸想した幕府鳥見役人から幕府へ報告され、江戸から役人が派遣された。三人は家族ともに捕らえられ、布川(ふかわ)村で吟味が行われ、五歳の男子を含む三家族の一〇人が一二月一六日に処刑された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む