鷲谷村(読み)わしだにむら

日本歴史地名大系 「鷲谷村」の解説

鷲谷村
わしだにむら

[現在地名]三重町鷲谷

松尾まつお村の南、北流する松尾川流域にある。近世を通じ臼杵藩領。慶長一一年(一六〇六)の惣御高頭御帳に鷲谷村とみえ、高一三一石余、門田組に属した。正保二年(一六四五)の稲葉能登守知行高付帳によれば田方一八〇石余・畑方一四四石余、日損所、雑木山ありと注記される。正保郷帳では三重之庄に属した。「万用集」には鷲谷村・下鷲谷村とあり、ともに文政六年(一八二三)には小坂組に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む