鷹ヶ森城跡(読み)たかがもりじようあと

日本歴史地名大系 「鷹ヶ森城跡」の解説

鷹ヶ森城跡
たかがもりじようあと

[現在地名]玉川町鈍川

鈍川にぶかわ北部、鬼原おにばらとの境にある鷹ヶ森(三五二・四メートル)山頂にある。戦国の頃河野家の侍大将の一人、正岡経政の守る幸門さいかど城の枝城で、越智駿河守通能の居城であった。山頂は約三〇メートル四方がやや平坦で、現在は雑木や竹が茂っている。「河野分限録」によると通能の手勢は五騎で、字大西おおにしの西方山中にある大西城の城主門真左衛門尉とともに鈍川・鬼原など三ヵ村を守っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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