鹿島館下(読み)かしまやかたした

日本歴史地名大系 「鹿島館下」の解説

鹿島館下
かしまやかたした

[現在地名]鹿島市大字高津原(たかつばる)字城内(じようない)

鹿島藩は佐賀三支藩の一つで、表高二万石(地米八千石)の小藩である。

文化四年(一八〇七)、常広(つねひろ)村にあった鹿島城(常広城)が現城内の地に移されるまでは、鹿島川の北の北鹿島の地が鹿島の中心地で鹿島郷とよばれ、鹿島川より南の地は能古見(のごみ)郷とよばれていた。鹿島郷と能古見郷には大庄屋が置かれた。常広にあった城は表面上は館であったが城の体裁を整えていた。

貞享四年(一六八七)改・元文三年(一七三八)写の御領中郷村帳(佐賀県立図書館蔵)には、東分鹿島郷の中に鹿島町・魚ノ町(うおんまち)・中村・森村・土井丸村・常広北村・常広南村・新籠(しんごもり)村があり、鹿島町の中には御番所の印と札馬の印がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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