鹿瀬寺跡(読み)おうかせでらあと

日本歴史地名大系 「鹿瀬寺跡」の解説

鹿瀬寺跡
おうかせでらあと

[現在地名]多気町相鹿瀬

東相鹿瀬の東北方にある。標高三〇メートルほどの畑一帯から古瓦が出土する。北隅に土壇らしき高まりがあるが、伽藍配置は不明である。「太神宮諸雑事記」の神護景雲元年(七六七)一〇月三日条に「逢鹿瀬寺永可為太神宮寺」とあり、当寺は太神宮寺と定められた。宝亀七年(七七六)寺僧らの濫妨により停止された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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