麻布正信寺門前(読み)あざぶしようしんじもんぜん

日本歴史地名大系 「麻布正信寺門前」の解説

麻布正信寺門前
あざぶしようしんじもんぜん

[現在地名]港区六本木ろつぽんぎ七丁目

麻布教善寺あざぶきようぜんじ門前の西方にある門前町屋。片側町で、東と北は正信寺境内、西は麻布竜土坂口あざぶりゆうどさかぐち町、南は飯倉六本木いいぐらろつぽんぎ町。南方の代地(現六本木五丁目)は西が道を隔てて長門長府藩毛利家上屋敷・麻布南日下窪あざぶみなみひがくぼ町、北は同教善寺門前代地、南は同南日下窪町、東は讃岐多度津藩京極家上屋敷。寛永六年(一六二九)門前町屋を許され、三二坪と一五六坪余を麻布正信寺門前と唱えた。延宝六年(一六七八)四谷から延焼したのち南側の六二坪余が道路敷地に召上げられ、同年代地として南日下窪町に隣接して八四坪余を受けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む