麻績御厨(読み)おみのみくりや

日本歴史地名大系 「麻績御厨」の解説

麻績御厨
おみのみくりや

平安朝時代に更級さらしな郡麻績郷に一時設定された伊勢神宮内宮の御厨。「兵範記」に保元二年(一一五七)の条に、平正弘領となっていた麻績御厨が後院領とされた記事があり、これをさかのぼる五〇年前の嘉承年間(一一〇六―〇八)の記事を載せている「皇大神宮建久已下古文書」に既にこの御厨の名がみえているので、それ以前に設定された御厨であることは明らかである。

その範囲は現在の麻績神明宮(旧郷社)の位置を中心に麻績盆地の大半を占めていたと思われる。それは筑北の三山といわれるひじり山・冠着かむりき山・四阿屋あずまや山に囲まれ、麻績川とその支流のつくる麻績(旧日向村を含む)・坂井両村地域である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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