黄瀬村(読み)きのせむら

日本歴史地名大系 「黄瀬村」の解説

黄瀬村
きのせむら

[現在地名]信楽町黄瀬

宮町(みやまち)村の南にあり、山に囲まれる。西は栗太(くりた)郡境。村内を大戸(だいど)川が貫流し、これに隼人(はやと)川が合流する。集落は大戸川を挟み南北に形成される。慶長七年(一六〇二)九月に幕府代官林伝右衛門の検地を受け、その検地帳(信楽町役場所蔵文書)によれば田二七町九反余・畑二町六反余・屋敷九反余、ほかに山田分一二町五反余・山畑分四町余で、高五八六石余。正保郷帳では幕府代官多羅尾領。慶安二年書上では田二三六石余・畑屋敷三〇石余・永荒川欠け三一九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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