黒地村(読み)くろじむら

日本歴史地名大系 「黒地村」の解説

黒地村
くろじむら

[現在地名]那賀川町黒地

敷地しきじ村の西に位置する。慶長期(一五九六―一六一五)のものと推定される国絵図には「くろち」とみえる。正保国絵図によると高五四五石余。寛文四年(一六六四)郷村高辻帳では田方五〇五石余・畑方三九石余。慶安三年(一六五〇)一部が蜂須賀光隆領となり、同年の蜂須賀光隆領分高并当物成帳では高五六石余、物成一八石余三ツ三分、内麦三石、老若人数四。文化一〇年(一八一三)の高都帳では高六二一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む