黒島庄(読み)くろしまのしよう

日本歴史地名大系 「黒島庄」の解説

黒島庄
くろしまのしよう

平安期にみえる庄園。現入地いりじに黒島の小字名があり、同地付近に比定される。黒島庄立券案(東大寺成巻文書/平安遺文二)に「黒嶋庄」とみえ、当庄は治安二年(一〇二二)一一月二日に立券された。応徳元年(一〇八四)八月二一日の観世音寺牒案(同文書/平安遺文四)では、観世音寺(現太宰府市)が当庄の勘出田の免除を筑前国衙に訴え、国衙は同年九月一一日に免除を許可しており(同日「筑前国司庁宣案」同上)、当庄は同寺領となっている。寛治二年(一〇八八)閏一〇月八日、先に免除された勘出田分の八丈糸と白綿が責取られたため同寺は国衙に訴えており(同日「観世音寺三綱等解案」同上)、同七年正月二五日の観世音寺三綱等解案(同上)でも勘出田分の官物を収納使が強引に徴収したため国衙に訴えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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