黒田直養(読み)クロダ ナオナガ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「黒田直養」の解説

黒田 直養
クロダ ナオナガ


肩書
久留里藩知事

生年月日
嘉永2年4月8日(1849年)

経歴
文久2年黒田直和養子となり、慶応2年藩主となる。明治2年の版籍奉還から4年の廃藩置県まで久留里藩知事を務めた。

没年月日
大正8年11月29日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黒田直養」の解説

黒田直養 くろだ-なおたか

1849-1919 幕末-大正時代大名,華族
嘉永(かえい)2年4月8日生まれ。黒田直方の孫。黒田直和(なおやす)の養子となり,慶応2年(1866)上総(かずさ)(千葉県)久留里(くるり)藩主黒田家9代。戊辰(ぼしん)戦争では新政府に恭順の意をしめした。大正8年11月29日死去。71歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む