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版籍奉還 はんせきほうかん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

版籍奉還
はんせきほうかん

明治維新後も存続した諸藩主が明治2 (1869) 年土地 (版) と人民 (籍) に対する支配権を朝廷に返還したこと。すでに前年藩治職制によって政府の藩政干渉が強まったが,まもなく長州藩士木戸孝允が主唱者となり,新政府の支持基盤である薩摩,土佐,肥前の各藩有力者が同調してこの年1月 20日これら4藩の藩主が連署して天皇に封土,領民返還の建白を行なった。これにならって他の諸藩主も続々建白を提出し,当時まだ諸藩を制する支配力に欠けていた明治新政府は,6月奉還聴許に決するとともに,旧藩主をそのまま政府の任命する知藩事とし,変革を形式面にとどめた。それは,やがて起った廃藩置県への一過程をなすものであった。

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デジタル大辞泉の解説

はんせき‐ほうかん〔‐ホウクワン〕【版籍奉還】

明治2年(1869)全国の各藩主がその土地(版)と人民(籍)とを朝廷に返還したこと。明治政府による中央集権強化のための改革で、廃藩置県の前提となった。

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百科事典マイペディアの解説

版籍奉還【はんせきほうかん】

1869年薩長土肥4藩主の首唱により,全国の各藩主が版(版目=土地)と籍(戸籍=人民)を朝廷に返上したこと。藩主の封建的諸特権はほぼ従来どおりであったが,身分上は知藩事として天皇の任命する官吏となった。
→関連項目大久保利通華族亀山木戸孝允士族政体書大名田辺天皇制日本広沢真臣

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世界大百科事典 第2版の解説

はんせきほうかん【版籍奉還】

1869年(明治2)6月,諸藩主が土地(版)と人民(籍)を朝廷(天皇)に還納した政治行為および政治過程の称。維新政府による中央集権化の一過程で,〈奉還〉という形式をとりつつ,藩への政府の統制力強化がなされた。戊辰戦争の影響から一部の藩(たとえば姫路藩)には藩を投げ出そうとする動きがあったが,維新政府の首脳(維新官僚)は,それを抑えて,69年1月20日,薩長土肥4藩主の連名による版籍奉還の上表文を朝廷に提出させた。

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大辞林 第三版の解説

はんせきほうかん【版籍奉還】

1869年(明治2)諸藩主が領地と人民を朝廷に返還した藩解体政策の第一歩。木戸孝允・大久保利通らの画策により、まず薩長土肥の四藩主が奉還し、他藩もこれにならった。政府は全国の支配権をその手におさめ、藩主を知藩事に任命、以後、廃藩置県など中央集権化を推進した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

版籍奉還
はんせきほうかん

1869年(明治2)6月、諸藩主が天皇に版(土地)と籍(人民)を還納した政治変革。戊辰(ぼしん)戦争は諸藩財政の破綻(はたん)、飛地(とびち)・入組(いりくみ)支配関係の矛盾顕在化、藩内の団結力弛緩(しかん)、その他藩体制の危機を深めた。領主階級の大部分は、判物(はんもつ)返上―再交付によってこの危機を乗り切ることを期待した。一方、新政府内の木戸孝允(たかよし)、大久保利通(としみち)らは早くから版籍奉還の必要を考え、姫路藩主の最初の版籍奉還願を退け、薩長土肥(さっちょうどひ)四藩に工作して69年1月にこれら四藩主の版籍奉還建白を実現させた。以後、大部分の諸藩がこれに倣った。また新政府は、天皇の東京再幸、上局会議、公議所などでの諸侯公卿(くぎょう)藩士への諮問、戊辰戦功の賞典禄(しょうてんろく)下賜などにより版籍奉還の準備を整えた。6月17~25日諸藩主の版籍奉還願を天皇が聴許して知藩事を任命、公卿諸侯を華族とし諸藩に諸務変革を指令した。これにより、知藩事の家禄(かろく)を現石高(こくだか)の10分の1とし、藩士家禄は諸藩適宜に改革、一門以下平士まですべて士族と称されることになった。7月職員令(しきいんりょう)による官制改革が行われて、律令(りつりょう)制の官制が復活した。版籍奉還は、諸藩領有権の天皇への統合、藩主の非世襲知事化、藩主・藩士の主従関係の否定、身分制・禄制の大改革など、廃藩置県への決定的第一歩となった。[原口 清]

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世界大百科事典内の版籍奉還の言及

【藩政改革】より

…そのなかで公正は出仕を拒否し失脚した。
[幕末・維新期――廃藩置県への道]
 1868年3月14日に〈五ヶ条の誓文〉によって新政の基本方針が出され,翌69年6月17日には薩長土肥以下諸藩主の版籍奉還を許し,各藩知事に任命した。以後奉還が相次ぎ,公卿,諸侯を華族と改称し,6月25日には藩知事に禄制改革を通達していた。…

※「版籍奉還」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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