鼬沢(読み)いたちざわ

日本歴史地名大系 「鼬沢」の解説

鼬沢
いたちざわ

[現在地名]登米町日野渡 鼬沢

寺池てらいけ村の北方浅水あさみず街道の東側。北に延びる丘陵から西方に開ける小谷付近の地名。応永九年(一四〇二)伊達氏九代政宗の乱の際、大崎氏と登米氏が伊達氏と同心し(伊達正統世次考)、「於登米いたち沢トいふ所ニ、かさい衆桃生、深谷、其外奥六郡同心也、張陣ス、自大崎中目太郎三郎御代ニ下討死ス、立死也、雖然合戦勝利」と、この付近で合戦が行われた(余目記録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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