龍泰寺(読み)りゆうたいじ

日本歴史地名大系 「龍泰寺」の解説

龍泰寺
りゆうたいじ

[現在地名]関市下有知 龍ヶ池

下有知しもうち地区東端部の中央、龍泰寺山南麓に位置する。祥雲山と号し、曹洞宗。本尊釈迦如来。同宗了庵派の大本寺格の巨刹で、末寺・孫末を合せると五〇〇余に及ぶという。「龍泰寺史」などによれば、応永一四年(一四〇七)無極慧徹が相州最乗さいじよう(現神奈川県南足柄市)の了庵慧明のもとを辞して美濃国に来遊し、猿啄さるばみ(現加茂郡坂祝町)城主西村永昌の帰依をうけ、家臣山田右馬之尉正澄(当時下有知を領有という)の協力を得て鶴觜峰祥雲しよううん庵を草創(一説には龍泰寺の創建ともいう)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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