龍王祠(読み)りゆうおうのし

日本歴史地名大系 「龍王祠」の解説

龍王祠
りゆうおうのし

[現在地名]水俣市南福寺

南福寺なんぷくじ東南中尾なかお(三三四メートル)があり、たつ山とよばれる。その中腹に辰王丸を祀る龍王祠がある。「国誌」に「天正九年十二月相良義陽於響原討死ノ後、其弟弾正大弼一ニ大膳大夫晴高(中略)八代麓ノ牢中ニテ復タ反逆ノ企アルニヨリテ、家臣等之レヲ自殺セシム、其霊祟アル故相良天神ト崇ム(中略)、晴高一子辰王丸護高十三歳ナリシカ、潜カニ麓ヲ逃走シテ水俣ノ山中或記中尾山中ニ忍フトスニ忍居テ悪行ヲ為ス、依之深水郷右衛門ト云者辰王丸ヲ捜シ出シテ誅シ此所ニ葬ル、其霊モ祟リアル故墳上ニ叢祠ヲ造リ龍王ト崇祀ル、今ニ此森ノ一枝一葉ヲ採ル者必ス祟ヲ得ルト云」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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