塩後村・塩後郷(読み)しおごむら・しおごごう

日本歴史地名大系 「塩後村・塩後郷」の解説

塩後村・塩後郷
しおごむら・しおごごう

現上塩後・下塩後を含む地域に比定される。至徳四年(一三八七)成立の「塩山抜隊和尚語録」に「甲州塩後県」寄住の如真禅女の名がみえ、亡母雲外妙好の三回忌の供養を行っている。文安二年(一四四五)一一月一五日の武田信重寺領目録写(甲斐史料集成稿)には塩後村とみえ、同村内鈴宮すずのみや畠ならびに角田の年貢銭四貫文の地は木戸殿から向嶽こうがく寺へ寄進された地であった。同所は永禄一二年(一五六九)一一月一九日武田信玄により同寺領として安堵された(「武田信玄判物」向嶽寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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