…日本では奈良県明日香村の牽牛子塚(けごしづか)古墳がその好例である。 移住の生活を送る人びとは死者をその場その場で葬るから,共同墓地がない。生活が定住的になると,住いと別に共同墓地が形成されることが多い。…
…中王国時代には,ピラミッドのほかに岩山の斜面に掘り込まれた岩窟墓がつくられるようになり,新王国時代ではテーベのネクロポリスに見られるように墓神殿を建てて礼拝し,墳墓そのものは盗掘を防ぐため背後の〈王家の谷〉や〈王妃の谷〉の地下に隠した。庶民の遺体もミイラ化されて,岩窟や地下の共同墓地に集団的に葬られた。古代メソポタミアでは,シュメール人は火葬にした遺体を壺に収め,ときには家のなかに埋葬したらしい。…
…弥生時代の集落は,規模のうえで縄文時代の大集落とそう変わらないが,防御的性格をもつことで大きく違っている。また,集落に接して共同墓地を備える点も大きな特徴である。家そのものが竪穴住居によって代表される点も縄文時代と変わらない。…
※「共同墓地」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...
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