小月村(読み)おづきむら

日本歴史地名大系 「小月村」の解説

小月村
おづきむら

[現在地名]下関市大字小月町

村の東側を木屋(こや)川が南流する。南は清末(きよすえ)、北は下大野(しもおおの)・田部(たべ)・上田部(かみたべ)(現豊浦郡菊川町)、西は阿内(おうち)、東は吉田(よしだ)の各村と接する。北部は山地が多く、南部に平地が広がる。大部分は清末藩領で一部は長府藩領。

弘安九年(一二八六)一〇月二九日付武久氏所蔵文書に「小津木名」とあり、正中二年(一三二五)八月一三日の長門二宮忌宮神社文書に

<資料は省略されています>

とあり、長門二宮の根本神領となっていたことがわかる。また長府長福寺開山虚菴和尚行録の建武三年(一三三六)に「小月村」とみえる。今川了俊の「道ゆきぶり」に「塩みちつつひがたはえなんとをるまじく侍とて、又山路になりて、小嶋といふうらざとに出たり」とあるが、小嶋(こじま)は小月村の字地という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む