藍那村(読み)あいなむら

日本歴史地名大系 「藍那村」の解説

藍那村
あいなむら

[現在地名]北区山田町藍那(やまだちようあいな)・星和台(せいわだい)一―七丁目

六甲(ろつこう)山地西部山間に位置する八部(やたべ)郡の村。西は播磨国境。中世山田庄に含まれ、永正五年(一五〇八)九月二四日の左衛門田地譲状(藤田文書)によれば、五〇刈の田地を「藍那 左衛門」があい女に永代譲渡、同八年一二月二四日の左衛門田地売券(同文書)では同一人物とみられる「あいな村下之 左衛門」が田地七〇刈を八部郡白川(しらかわ)(現須磨区)の源左衛門に売却している。文禄三年(一五九四)の藍那村検地帳(藍那自治会文書)の高五五一石余で、以後幕末までほとんど変化はない。初め幕府領、寛文五年(一六六五)旗本宮崎領となり幕末に至る(兵庫史学)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む