端郡王載い(読み)たんぐんおうさいい(英語表記)Duan-jun-wang Zai-yi; Tuan-chün-wang Tsai-i

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「端郡王載い」の意味・わかりやすい解説

端郡王載い
たんぐんおうさいい
Duan-jun-wang Zai-yi; Tuan-chün-wang Tsai-i

[生]咸豊6(1856)
[没]1922
中国,清末の皇族。惇親王奕そうの第2子。排外派の中心人物。光緒 20 (1894) 年端郡王に封じられ,同 24年彼の第2子傅儁 (ふしゅん) が大阿哥 (皇位継承予定者) になると,西太后とともに光緒帝廃位を策した。義和団事変発生後,総理各国事務大臣に就任し,義和団との連携,列国との開戦を主張し,その機に乗じて傅儁の即位実現をはかった。敗戦後,連合国側は彼の死刑を要求したが,結局新疆に追放され,翌年傅儁の大阿哥も廃された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android