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皇族 こうぞく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

皇族
こうぞく

天皇の一族のことで,現行の皇室典範によれば皇后,太皇太后皇太后,親王,親王妃,内親王,王,王妃および女王がこれに属する (5条) 。皇族男子には皇位継承の資格が (1,2条) ,皇族一般には摂政就任の資格が (17条) 認められるほか,婚姻その他につき一般の国民と違った扱いを受け,特に養子をすることができない。

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知恵蔵2015の解説

皇族

明仁(あきひと)天皇(生年月日1933年12月23日)の親族。内廷皇族は美智子皇后(34年10月20日)、皇太子徳仁(なるひと)親王(60年2月23日)、同雅子妃(63年12月9日)、皇太子・雅子妃の長女の敬宮(としのみや)愛子(あいこ)内親王(2001年12月1日)。内廷外皇族は以下の6宮家18人。天皇の次男の秋篠宮文仁(ふみひと)親王(65年11月30日)、同紀子(きこ)妃(66年9月11日)、同長女眞子(まこ)内親王(91年10月23日)、同次女佳子(かこ)内親王(94年12月29日)、同長男悠仁(ひさひと)親王(06年9月6日)▽天皇の弟の常陸宮正仁(まさひと)親王(35年11月28日)、同華子妃(40年7月19日)▽昭和天皇の3番目の弟の三笠宮崇仁(たかひと)親王(15年12月2日)、同百合子妃(23年6月4日)▽三笠宮家の長男の三笠宮寛仁(ともひと)親王(46年1月5日)、同信子妃(55年4月9日)、長女彬子(あきこ)女王(81年12月20日)、次女瑶子(ようこ)女王(83年10月25日)▽同家の次男の桂宮宜仁(よしひと)親王(48年2月11日)▽同家の三男の故高円宮憲仁(たかまどのみや・のりひと)親王(02年11月21日死去)の久子妃(53年7月10日)、長女承子(つぐこ)女王(86年3月8日)、次女典子女王(88年7月22日)、三女絢子(あやこ)女王(90年9月15日)。

(岩井克己 朝日新聞記者 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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デジタル大辞泉の解説

こう‐ぞく〔クワウ‐〕【皇族】

天皇の一族。天皇を除く、皇后太皇太后皇太后親王・親王妃・内親王王妃女王の総称。

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百科事典マイペディアの解説

皇族【こうぞく】

皇后・太皇太后・皇太后親王・親王妃・内親王・・王妃・女王の身分の総称。天皇は含まない。一般国民は立后,皇族男子との婚姻による以外には皇族となれない。15歳以上の内親王・王・女王はその意思により,皇太子・皇太孫を除く親王・内親王・王・女王はその意思によるほかやむを得ない特別の事由があるとき皇室会議の議決を経て皇族の身分を離れることができる。
→関連項目学習院貴族院北白川宮皇太子皇統譜大勲位内廷費平民三笠宮寛仁宮家

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世界大百科事典 第2版の解説

こうぞく【皇族】

天皇の親族。ただしその範囲は明治以前と以後で大きな差異がある。
[明治以前]
 〈皇族〉の語はすでに《続日本紀》に見えるが,明治以前はその用例は少なく,大宝令において定められた〈皇親〉の語が皇族を指す用語となった。令制以前の皇族の称呼を検すると,《古事記》では皇族は男女ともに〈王〉と称するのを通例とし,《日本書紀》では〈王〉のほかに,天皇の子女を〈皇子〉〈皇女〉と呼んで区別しているが,もちろん天皇号成立以後の新しい用語であろう。

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大辞林 第三版の解説

こうぞく【皇族】

天皇を除く天皇家一族。皇后・太皇太后・皇太后・親王・親王妃・内親王・王・王妃・女王。旧憲法下では臣民の外にあり、現憲法下では国民としての取り扱いを受ける。
皇帝の一族。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

皇族
こうぞく

天皇の一族で、古くは皇親と称した。古代には、天皇から出た氏族は皇別と称したが、律令(りつりょう)で皇親の制が確立した。律令制の皇親は、天皇の血族の親王(しんのう)、内親王(ないしんのう)、王、女王で、太皇太后(たいこうたいごう)、皇太后、皇后、親王妃(しんのうひ)、王妃は含まれない。皇玄孫の子の五世王は、皇親ではないが、王号を許された。758年(天平宝字2)二世王であった淳仁(じゅんにん)天皇が皇位につき、詔(しょう)して兄弟姉妹を親王として以後、親王宣下(せんげ)が例となった。そのため、本来、親王・内親王である皇親も、宣下がなければ親王・内親王とならず、二世王以下でも宣下により親王となることになった。鎌倉末期には、代々、親王宣下を受ける世襲親王家が成立した。皇親は特権的身分で、とくに親王は、諸王、諸臣の上とされ、位階は一品(いっぽん)から四品(しほん)に至る品(ほん)に叙せられ、官は大臣、大宰帥(だざいのそつ)、八省の卿(きょう)などの長官に任ぜられた。平安初期には、親王任国の制がつくられて、上総(かずさ)、常陸(ひたち)、上野守(こうずけのかみ)に任ぜられ、太守(たいしゅ)と称した。のち江戸幕府は、親王を太政(だいじょう)大臣、左(さ)大臣、右(う)大臣の三公の下とした。古代から中世にかけて、未婚の皇女または女王は、代々、伊勢(いせ)神宮と賀茂(かも)社に奉仕し、伊勢斎宮(さいくう)、賀茂斎院とよばれた。また皇親で仏門に入る者が増え、平安中期から、親王で出家した者を入道親王、出家後に親王宣下を受けた者を法親王(ほうしんのう)と称した。室町時代から、出家した皇親が入室した寺院を宮門跡(みやもんぜき)、比丘尼(びくに)御所(尼(あま)門跡)とよび、一種の寺格となった。律令制では、四世以上を皇親としたが、736年(天平8)敏達(びだつ)天皇の四世王が橘宿禰(たちばなのすくね)となって以後、賜姓(しせい)降下で皇親の身分を離れる例が増えた。814年(弘仁5)嵯峨(さが)天皇の4皇子、4皇女が源朝臣(みなもとのあそん)となり、賜姓源氏の最初となった。のち賜姓源氏は、清和(せいわ)天皇から出た清和源氏など100人近くに及んだ。また律令制では、皇親の女子は臣下に嫁することを許されなかったが、平安初期から三世、四世女王の臣籍降嫁が許され、とくに藤原氏には、その功により二世女王の降嫁が認められた。
 明治維新後、出家した皇族は還俗(げんぞく)を命ぜられ、宮門跡などの称は廃止された。1889年(明治22)制定の「皇室典範」は、皇族を、皇后、太皇太后、皇太后、皇太子、同妃、皇太孫、同妃、親王、同妃、内親王、王、同妃、女王とし、庶出を認め、臣籍降嫁以外は、永世の皇族とした。のち1907年(明治40)「皇室典範」の増補で、五世以下の王に、勅旨または請願による臣籍降下が認められた。皇族は、臣民の外にある特権的身分で、「皇室典範」と皇室法規によって規律され、皇族費を支給された。皇族は皇位継承と摂政(せっしょう)就任の資格をもち、成年男子は貴族院議員となり、在京の成人親王は枢密院会議に列席した。親王、王は、18歳で原則として陸海軍武官に任ぜられ、また皇族から伊勢神宮の祭主が選ばれた。戦前の皇族には、桂(かつら)、有栖川(ありすがわ)(以上はのち断絶)、閑院(かんいん)、伏見(ふしみ)の4親王家、伏見宮から分かれた山階(やましな)、賀陽(かや)、久邇(くに)、梨本(なしもと)、朝香(あさか)、東久邇(ひがしくに)、小松(のち断絶)、北白川、竹田、華頂(かちょう)(のち断絶)、東伏見の各宮家と、大正天皇の皇子が創立した秩父(ちちぶ)、高松(両家はのち断絶)、三笠(みかさ)の3宮家があった。
 第二次世界大戦後の1947年(昭和22)、皇弟の3宮家以外の11宮家51名が皇籍を離脱した。同年制定された現行の「皇室典範」は、皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃、女王を皇族としている。皇族は嫡出に限り、皇子と嫡男系の皇孫は親王・内親王、三世以下の嫡男系の子孫は王・女王とする。皇族でない者は、皇后となる場合と皇族男子と結婚する場合以外は皇族となることはできない。皇族は国民に含まれるが、皇位継承と摂政就任の権利をもち、皇族費を支給される。皇族は、一般の国民と異なり、立后、男子の婚姻、財産の授受に制約があり、選挙権・被選挙権をもたないものとして取り扱われる。皇太子、皇太孫を除く満15年以上の皇族は、皇室会議の議により皇籍を離脱することができ、また天皇と皇族男子以外の者と結婚した皇族女子は皇族の身分を離れる。現在の皇族は、天皇の家族と、皇次子の秋篠宮(あきしののみや)、皇弟の常陸宮(ひたちのみや)、三笠の各宮と、三笠宮から分かれた高円宮(たかまどのみや)、桂宮(かつらのみや)である。[村上重良]

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