ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アウストラシア」の意味・わかりやすい解説
アウストラシア
Austrasia
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…相続の方法は前回と同じであるが,4人の相続者のうちカリベルトの死(567)後の3分国が以後定着する同朝の分国図となった。旧ランス分国を主体とする,ゲルマン勢力の強いアウストラシア(東分国,王都メッツ),セナトール(元老院)貴族などのローマ勢力が濃厚に残存する,旧オルレアン分国を核とするブルグント(王都シャロン・シュル・ソーヌ)および両勢力がほぼ伯仲する,旧ソアソンを中心とするネウストリア(西分国,王都パリ)の3分国がそれである。前回では,隣接して置かれた王都が,今回では各分国のほぼ中央部に移動しており,このことは各分国の分立的傾向の深まりを示している。…
※「アウストラシア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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