アッケシ会所跡(読み)あつけしかいしよあと

日本歴史地名大系 「アッケシ会所跡」の解説

アッケシ会所跡
あつけしかいしよあと

[現在地名]厚岸郡厚岸町湾月町

アッケシ場所の中心ヌサウシコタンに置かれた会所。現在の湾月わんげつ町、厚岸水産高等学校の敷地内にあった。会所の前身の運上屋は一六二〇―四〇年代、アッケシ場所の開設とともに松前藩により設置され、幕府直轄後は会所と称した。木村「蝦夷日記」によれば、九九年(寛政一一年)九月一三日、近藤重蔵一行はアッケシに入り、「厚岸運上屋泊七ツ着十一里 禁番二人出迎」とある。運上屋には辰五月付の定書が掲げられていた(同書同月一三日・一四日条)。「東蝦夷地場所大概書」によれば、一八〇五年(文化二年)に再建された会所は建坪五四坪で、旅宿家二ヵ所、板蔵六ヵ所が併設されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む