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国泰寺 こくたいじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国泰寺
こくたいじ

富山県高岡市太田にある臨済宗国泰寺派の本山。山号は摩頂山。初め,嘉暦2 (1327) 年慈雲妙意が同市二上山に創建して東松寺と号したが,のち後醍醐天皇の勅願所となって国泰寺と呼ばれた。応仁年間以後兵火によって焼け衰退したが,天文 15 (1546) 年,後奈良天皇のとき雪庭仏眼が現在地に移築。

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デジタル大辞泉の解説

こくたい‐じ【国泰寺】

富山県高岡市にある臨済宗国泰寺派の本山。山号は摩頂山。嘉暦2年(1327)後醍醐天皇から勅額を受けて慈雲妙意が開山。天文15年(1546)現在地に移転。
北海道釧路総合振興局厚岸(あっけし)郡厚岸町にある臨済宗南禅寺派の寺。山号は景雲山。開創は享和2年(1802)、開山は文翁知政。北方の鎮撫を目的に創建。蝦夷三官寺の一。

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百科事典マイペディアの解説

国泰寺【こくたいじ】

北海道厚岸(あっけし)町にある臨済宗南禅寺派の寺。本尊釈迦如来。1802年文翁の創建によるが,江戸幕府の蝦夷地(えぞち)政策の一環として1804年伊達の善光寺,様似の等【じゅ】(とうじゅ)院とともに東蝦夷三寺の一つとなる。
→関連項目厚岸[町]

国泰寺【こくたいじ】

富山県高岡市にある臨済宗国泰寺派本山。本尊釈迦如来。正安期(1299年―1362年)二上(ふたがみ)山に慈雲妙意が開創。東松寺と号していたが,1327年後醍醐天皇の勅願寺となり,改名して栄えた。

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デジタル大辞泉プラスの解説

国泰(こくたい)寺

北海道厚岸郡厚岸町にある寺院。1804年ごろ創建。臨済宗南禅寺派。本尊は釈迦如来。国泰寺跡は国指定史跡。桜の名所として知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

こくたいじ【国泰寺】

北海道厚岸郡厚岸町にある臨済宗の寺。山号は景雲山。1804年(文化1)江戸幕府により,東蝦夷地の役人や漁民の定着,アイヌの人心を安定させる目的で,有珠の善光寺,様似の等澍(とうじゆ)院とともに蝦夷三官寺に指定された。住職は鎌倉五山から交代で選ばれ,その在任期間は7~10年。住職は任期中に1回,役僧も年1回は遠くの国後(くなしり)・択捉(えとろふ)まで回勤した。各代住職の手になる日記《日鑑記》《諸場所過去帖》は史料的に貴重。

こくたいじ【国泰寺】

富山県高岡市にある寺。臨済宗国泰寺派の本山。山号は摩頂山。法灯国師(無本覚心)に参じ,孤峰覚明の法嗣となった慈雲妙意(恵日聖光国師)が,後醍醐天皇の帰依をうけて,1328年(嘉暦3)に越中氷見郡二上山に開創した。尊氏をはじめ歴代足利氏の保護をうけたが,応仁・文明の兵乱で焼失。1546年(天文15),後奈良天皇の命によって雷庭祝陽が再興し,天正年間に現地に移った。1708年(宝永5)には幕府より法灯派総本山の称を許され,臨済宗が1876年に9派に分立すると相国寺派に属したが,79年国泰寺派名を公許され,1905年に独立して本山となった。

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大辞林 第三版の解説

こくたいじ【国泰寺】

富山県高岡市にある臨済宗国泰寺派の本山。山号は、摩頂山。1327年、後醍醐天皇の勅により慈雲妙意が開山。

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