改訂新版 世界大百科事典 「アブデュルアジーズ」の意味・わかりやすい解説
アブデュルアジーズ
Abdülaziz
生没年:1830-76
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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… タンジマートは,結局,国家的諸制度の〈近代化〉を促進したが,その成果は同時にヨーロッパ諸国の帝国に対する経済的進出,すなわち帝国の経済的植民地化を保証するものともなった。このため,1860年代末以後改革はしだいに後退し,70年代に入ると,スルタン,アブデュルアジーズ(在位1861‐76)は専制化した。これに対してナムク・ケマル,ミドハト・パシャら〈新オスマン人〉による批判が強まり,76年に〈ミドハト憲法〉が発布されてオスマン帝国は第1次立憲政を迎え,タンジマートは終息した。…
…1872年には大宰相(サドラザム)に任じられたが,わずか3ヵ月で辞任した。その後,スルタンに疎まれて不遇時代を送ったが,76年5月,軍隊の協力も得てスルタン,アブデュルアジーズの退位,ムラト5世の即位に成功した。その後さらに,アブデュルハミト2世を即位させて憲法の起草に努力し,76年12月には自ら大宰相となり,アジアで最初の憲法(ミドハト憲法)を発布した。…
※「アブデュルアジーズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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