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離宮 りきゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

離宮
りきゅう

皇室の別邸の一種で,特に「離宮」と命名されたもの。明治以後,京都の旧皇居は京都御所の名で残され,また規模の小さいものは御用邸と称している (那須御用邸,下田御用邸など) 。離宮と呼ばれたものには,赤坂,青山,霞ヶ関,浜,芝,修学院,二条,名古屋,函根,武庫の 11があった。このうち青山離宮は大正期に貞明皇后の居所として再び青山御所と呼ばれるようになり,現在の東宮御所に継承された。第2次世界大戦後の諸改革のなかで,桂,修学院 (ともに京都) だけが皇室の別邸として残され,ほかの8ヵ所は皇室の管理を離れ,公共の施設として活用されている。 (→桂離宮 , 赤坂離宮 , 二条城 , 浜離宮恩賜庭園 )

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デジタル大辞泉の解説

り‐きゅう【離宮】

皇居・王宮とは別に設けられた宮殿。「修学院離宮

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百科事典マイペディアの解説

離宮【りきゅう】

皇室の別宮。現在は桂・修学(しゅがく)院の2離宮がある。赤坂・浜・霞関(かすみがせき)・二条・函根(はこね)・武庫(むこ)・芝・名古屋・青山・伊勢の各離宮は第2次大戦後整理された。
→関連項目河陽宮皇室財産吉野宮

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世界大百科事典 第2版の解説

りきゅう【離宮】

古くは天皇の出遊のために宮都以外に設けられた宮殿をいう。外宮(とつみや)。〈りぐう〉ともよむ。行宮(あんぐう)が臨時の施設であるのに対し,恒久的施設である点が異なる。 史上著名な離宮に,古代の吉野宮珍努(ちぬ)宮の両離宮,中世の鳥羽離宮近世修学院(しゆがくいん)離宮などがある。吉野宮は《日本書紀》の応神紀に初めてみえ,壬申の乱前の大海人(おおあま)皇子(後の天武天皇)隠棲の地として,特に天武系皇統の行幸がしばしばあった。

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大辞林 第三版の解説

りきゅう【離宮】

皇居や王宮とは別のところに建てられた宮殿。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

離宮
りきゅう

皇居以外に設けられた皇室の宮殿の総称。主として天皇・上皇たちの遊興を目的に造られた半ば恒久的な施設。早くには吉野宮が知られるが、注目されるのは平安時代になってからである。天皇の別業(べつぎょう)(別荘)の初例となった嵯峨天皇の嵯峨院、淳和天皇(じゅんなてんのう)の紫野院(むらさきのいん)(のちの雲林院(うりんいん))などは平安京から至近のところにあったが、すこし離れたものとしては山崎(やまさき)の河陽宮(かやのみや)などがある。これらはいずれも平安初期の離宮であるが、平安後期つまり院政期に入ると広大な敷地を占め、多くの居住者を呼び込む院御所(いんのごしょ)が登場する。白河天皇が譲位を控えて洛南の地に後院(ごいん)として造営した鳥羽離宮はその最たるものである。時代が下ると桂離宮、修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)が知られ、そのほか江戸藩邸から転じた赤坂離宮・浜離宮・芝離宮などがある。[朧谷 寿]
『杉山信三著『院家建築の研究』(1981・吉川弘文館)』

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