日本大百科全書(ニッポニカ) 「あれかこれか」の意味・わかりやすい解説
あれかこれか
Enten-Eller
キルケゴールの代表作。前後2部からなる。1843年刊。第1部は、美的で感性的な生き方を追究する人Aが書いたとされる「初恋」や「誘惑者の日記」など八つの手記から、また第2部は、倫理的に生きる裁判官B(ウィルヘルム)がAに与えた手紙からなり、このAB2人の原稿をビクトル・エレミタという架空の人物が手に入れて出版したという、きわめてこみいった体裁をとった書物である。標題が示すように、キルケゴールはこの書で、Aの美的人生観とBの倫理的人生観とを比較させ、あれかこれかという形で二者択一を迫るが、彼の本来の意図は後者を選ばせることにある。第1部におけるドン・ジュアン論は有名であり、また「初恋」や「誘惑者の日記」は、恋人レギーネ・オルセンに対するキルケゴールの態度を知るうえで重要である。第2部のなかの「結婚の美的価値」では、夫婦の誠実な愛のうちにこそかえってその美的価値があることが強調され、Aの立場が明確に批判されている。
[宇都宮芳明]