インドネシア協会(読み)インドネシアきょうかい(その他表記)Perhimpunan Indonesia

改訂新版 世界大百科事典 「インドネシア協会」の意味・わかりやすい解説

インドネシア協会 (インドネシアきょうかい)
Perhimpunan Indonesia

1923年から1930年代末期までオランダで反植民地主義政治活動を行ったインドネシア留学生の団体。前身は1908年に設立された東インド協会Indische Vereenigingで,一種の親睦団体であったが,スワルディ・スルヤニングラット,チプト・マングンクスモらが13年にオランダに到着して,この団体に参加したため,徐々に政治色を強めた。17年には将来オランダ領東インドに就職するオランダ青年を主とする連合団体に加盟したが,立場の相違から19年に脱退し,23年1月に東インド協会をインドネシア協会と改称した。16年から発刊していた機関誌《ヒンディア・プートラ》は,24年から《インドネシア・ムルデカ》と改名され,ハッタ,イワ・クスマ・スマントリ,アリ・サストロアミジョヨなどの指導のもとに全インドネシア的民族主義運動の育成に努めた。26-27年ごろを最盛期とし,留学生の帰国と共に次第に衰えた。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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