現代外国人名録2016 「エレンバースティン」の解説
エレン バースティン
Ellen Burstyn
- 職業・肩書
- 女優
- 国籍
- 米国
- 生年月日
- 1932年12月7日
- 出生地
- ミシガン州デトロイト
- 本名
- ギルーリー,エドナ・レイ〈Gillooly,Edna Rae〉
- 別名
- 旧芸名=マクレー,エレン
- 受賞
- アカデミー賞主演女優賞(第47回,1974年度)〔1975年〕「アリスの恋」,ニューヨーク映画批評家協会賞〔1971年〕「ラスト・ショー」,トニー賞主演女優賞(第29回)〔1975年〕「Same Time,Next Year」,ゴールデン・グローブ賞主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門,第36回,1978年度)「Same Time,Next Year」,ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・カメラ賞(第38回)〔1988年〕
- 経歴
- 18歳でテキサスへ行き、モデルとして働く。モントリオールへ移り、ダンサーとなった後ニューヨークへ進出、テレビCMやソープ・オペラなどへの端役出演を続けながらアクターズ・スタジオで演技を学ぶ。1957年エレン・マクレーの名でブロードウェイの舞台にデビュー。’64年「踊れ!サーフィン」で映画初出演、’70年以降エレン・バースティンと改め、多くの作品で好演を見せる。’71年「ラスト・ショー」、’73年「エクソシスト」でアカデミー賞助演女優賞にノミネート、’75年「アリスの恋」(’74年)で同主演女優賞を獲得、同年ブロードウェイの舞台「Same Time,Next Year」でトニー賞も受賞する。2000年「レクイエム・フォー・ドリーム」で6度目のアカデミー賞候補となる。映画の他の出演作には「さよならチャーリー」(1964年)、「ハリーとトント」(’74年)、「女の叫び」(’78年)、「レザクション/復活」(’80年)、「ハンナ・セネシュ」(’88年)、「セメタリークラブ」(’93年)、「キルトに綴る愛」(’95年)、「この森で、天使はバスを降りた」(’96年)、「裏切り者」(’99年)、「ファウンテン 永遠に続く愛」「ウィッカーマン」(2006年)、「ブッシュ」(2008年)、「アナザー・ハッピー・デイ」(2011年)など。1982年リー・ストラスバーグの死後、アクターズ・スタジオの共同ディレクターに就任(’88年まで)。’80年代からはテレビ出演も多く、「The Ellen Burstyn Show」(’86年)で主演。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報