演技(読み)えんぎ

精選版 日本国語大辞典 「演技」の意味・読み・例文・類語

えん‐ぎ【演技】

〘名〙
① 観客の前で、芝居、曲芸、歌舞、音曲、体操などのわざを演じて見せること。また、そのわざ。演戯。
江戸繁昌記(1832‐36)五「好で演伎を観、徒らに倡優を愛す」
② 転じて、本心を隠した見せかけの態度。また、そういう態度をとること。
チャンス(1946)〈太宰治〉「『もののはずみ』とか『ひょんな事』とかいふのは、非常にいやらしいものである。それは皆、拙劣きはまる演技でしかない」

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デジタル大辞泉 「演技」の意味・読み・例文・類語

えん‐ぎ【演技】

[名](スル)
見物人の前で芝居・曲芸・歌舞や、体操などの技を行って見せること。また、その技。「模範演技
本心を隠して見せかけの態度をとること。「ことさらに仲のよさを演技する」
[類語](1演芸芸能芸道一芸遊芸芸事話芸大道芸/(2振り身振り所作しぐさ素振り思わせ振り様子格好アクションジェスチャーポーズ外形外見外面外貌輪郭かたち形状姿すがた姿形すがたかたちなりなりかたち身なりなりふり服装風体ふうていスタイル姿勢姿態体勢かた

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改訂新版 世界大百科事典 「演技」の意味・わかりやすい解説

演技 (えんぎ)

俳優が観客のために,身体の動きや言葉や扮装などによって,ある人物を表現すること。俳優術ともいう。演技は,その発生時には,無意識な踊り,物まねにすぎなかったが,演劇の分化,発達につれて独立の表現形式となった。日常の言動に近い写実的なものから,抽象的な様式のものまで,その演劇形態に応じて様式はさまざまである。

 古代ギリシアのアリストテレスはその《詩学》のなかで,〈人間には何かをまねて喜ぶ本能と,まねられたものを見て喜ぶ本能があり,それらが演劇を成り立たせている根本的な要素である〉といっているが,俳優と観客が,戯曲とともに演劇の基本的構成要素となっている。この三者が一体となって,渾然と融合することにこそ,演劇独自の原体験がひそむのである。このなかで,もっとも中心的な存在が俳優である。俳優が演劇の第1次的要素であるという事実は,古今東西例外はない。その俳優の演技についての論は,演劇を論ずるとき最重要であるはずだが,西欧では,体系的演劇論としては戯曲論の方が先行して量的にも質的にも優先し,演技論が理論的体系的に扱われるのは,近代のモスクワ芸術座の創始者K.S.スタニスラフスキー以後である。

 ところが日本の伝統演劇の世界では,この事情がまったく逆で,15世紀前半にすでに《花伝書》をはじめとする世阿弥の高度な演技論が成立していた。その後も,能,狂言,歌舞伎の芸論,芸談と,観客の側からのおびただしい量の役者評判記が残されている。この著しい相違は,西欧の演劇が劇詩,劇文学の面をより重視するのに対して,日本では芸--肉体的表現の方をより重視してきたということである。だが,このような日本の演技論は,総体的におおむね経験的実践的であって,非体系的で非論理的である。明治以後,日本では能,狂言,歌舞伎のほかに,新派,新劇などいくつかの演劇ジャンルができ,それがそのまま現代の演劇の区分けとなった。500年の歴史をもつ中世の能から現代劇まで,たがいに何のかかわりもなく並立しているのは,日本演劇の特殊性であるが,その壁をくずして交流する試みもさまざまな形で行われている。

俳優はまず戯曲から受けとった感動を土台にして,与えられた役の性格や行動,全体のなかでの役割をつかみ,自分自身を表現手段として演じなければならない。俳優の仕事の特色は,この自分の身体を表現手段として創造する点にある。俳優の人間性と生活すべてが,芸術的な成果に直接結びついているのである。つくる人と,つくるための手段と,つくる役を一身に兼ねているのが俳優である。このように俳優術の根本は,その肉体であり,その肉体をつき動かす心の働きである。したがって俳優は何よりも自分の身体を自由に解放しなければならない。それは自分の肉体を人間的自然さに保ち,自然の方則に合致させることから出発する。

 俳優は本質的にフィクションを,夢を演じる。俳優は実生活では普通に行えることも,同じことを舞台の上で,虚構の条件のもとで表現しなければならなくなると困難に直面する。単なる物まねでなく演じるためには,与えられた状況の正当性を十分確信できなければならない。このように他人の生活を自分のものにする,自分を自分以外の人間にしてしまうということは,自分を役の行動の論理に従わせ,そのとらえた行動の論理によって自分の肉体をすみずみまで自由に使って演ずることである。この過程で,俳優は想像力を働かせなければならない。想像力がなければ演技者になることはできない。想像力を養うためには物ごとに対する注意力とともに,観察力が問題になってくる。日常生活ではわれわれは思うままに,自分の体験だけでものを想像するが,俳優は戯曲の与えている条件のなかで,戯曲の要求しているものを,実生活におけると同様の鮮明さをもって,自分の想像力で完全に目の前に思い浮かべることができなければならない。

このような演技の創造に関する方法論を,スタニスラフスキーはリアリズム演劇確立のために,その生涯にわたって追求した。〈俳優の創造とは,役を生きることである〉として,そのような演技のあり方を彼は〈体験の芸術〉と規定し,演技の基礎となる俳優修業の方法と役のつくり方を中心的課題として,〈スタニスラフスキー・システム〉と呼ばれる方法を実践し,発展させた。彼は,俳優の基本的要素として,想像力,注意力,筋肉の解放,実感および信じること,いきいきとした記憶力,相手役との交流,運動神経,リズム感覚,行動および体験の論理的把握力,話し方などをあげ,これらの要素が有機的に結びつくことによって,舞台上の俳優の創造的コンディションはつくられると考えた。さらに俳優の無原則的な自然主義的な役のつくり方を否定し,作品の主題にむかって一貫した行動をとることが,俳優芸術の基本であるとした。とくに俳優の創造過程における身体と心理の相互関係を重視し,〈行動のなかにこそ,役の魂も,さらに俳優の体験も,戯曲の内的な世界も具現される。行動を通してわれわれは舞台に示された人物を判断し,その人物が何ものかを理解するのだ〉と述べている。

 スタニスラフスキーの創造方法と理論は,20世紀の世界の演劇に大きな影響を与えたが,彼のあと,情緒的な雰囲気を拒否し,観客の思考に訴える叙事演劇をつくりあげたベルリーナー・アンサンブルB.ブレヒトは,自分の創造方法とスタニスラフスキーの方法との差異をはっきりさせた上で,その共通点を次のようにあげている。(1)芝居をすることの社会的意義を俳優に教えた。(2)大きな線と細部の重要性を説いた。(3)現実を矛盾にみちたものとして表現した。(4)人間の尊重から社会主義への道を劇場に示した。(5)紋切型や卑俗な演技を否定した。そして身体的行動の理論が,演劇に対する一番大きな貢献だとして,俳優から出発したスタニスラフスキーと戯曲から出発したブレヒト自身との違いをはっきりと認めながら,作品の主題に対する一貫した行動において一致点を見いだしている。

 日本の現代演劇において,最初のまとまった実践的な演技論である《近代俳優術》(1949)を著した千田是也は,俳優・演出家としての体験と研究にもとづいて,身振り表情術,物言う術,役の創造について,精密な分析と科学的な考察を行っている。彼もスタニスラフスキー・システムの影響を受け,俳優のせりふとしぐさは,生きた人間のなかで一つに結ばれたものとして,有機的なダイナミックな体制をつくりだしている,と強調している。

現代に至って,新しい内容と様式をもつ戯曲が生みだされ,近代的人間像の基本である統一ある不変な性格という観念では対応が難しい場合もあり,高度に管理され人間性がますます失われつつある現代社会において,その空虚と不毛をみたして人間の再生に光をあてる演劇と,それにふさわしい演技術が模索されている。時代とともに,演技とは何か,が問い返されるのは,演劇の宿命でもある。だが,〈人生の真実〉に演劇の本質をみるという根本思想は17世紀初頭に,シェークスピアが《ハムレット》のなかですでにはっきりと語っている。ハムレットが旅役者の座長に,あまりオーバーな演技はつつしめとさとす有名なせりふの一節である。〈……一つだけまもってもらいたいのは,自然の節度を越えぬということだ。なにごとでもやりすぎれば芝居の目的からはずれることになる。芝居というものは,昔も今も,いわば自然にたいして鏡をかかげ,善はその美点を,悪は愚かさを示し,時代の様相をあるがままに,くっきりとうつし出すことを目指しているのだ……〉(小田島雄志訳)。
演劇 →演出 →俳優
執筆者:

権力争いは必ずしも人間固有のものではない。例えばサル山におけるニホンザルの社会の権力争いは周知のところである。しかし人間の場合,サルとは違って肉体的実力の世界,感覚的世界のほかに象徴化された意味の世界をもつ。この象徴によって満たされた想像力の世界は,感覚的現実とともに政治的状況の主要な構成要素である。この想像力の領域によって人間の権力状況はサル山のそれから一線を画される。人間は象徴を操作する能力によって過去あるいは眼前の世界とは異なった状況を脳裏に描く。感覚的現実と脳裏に描かれたイメージという二つの極の間の緊張関係が人間精神の発条であり,政治のダイナミズムの源泉でもある。感覚的現実にのみとらわれていてはサルの域を出ないし,この現実が消えて想像力のみが発条となっている活動は人間にのみ見られる現象だが,錯乱にすぎない。

 自分が構想したイメージの方向に現実を,あるいは他者を動かそうとする説得の術として,政治活動はまず発現する。この説得という活動に必然的に投影される構想されたイメージが政治における演劇的要素である。この活動は,利用できるメディアならばなんでも利用するし,動員できるものなら理性であれ感情であれなんでも動員しようとする。説得は第一義的には言葉をもってなされるが,これには身振り,身なり,表情,舞台装置等々が必ずともない,説得者は自分が抱くイメージをこれらのうちに表現しようと力をつくす。政治家が舞台の上の役者にたとえられるゆえんである。

 W.バジョットはかつて,イギリス憲法は演劇的部分と機能する部分とから成ると表現した。君主を中心に据え,非常に古く,伝統的要素に包まれ,壮麗さを帯びて威厳をもった前者が,民衆の心をとらえ,動かす。他方,具体的政治課題に対しては後者が柔軟に対応し,両者があいまってイギリス憲法体制を支えているとした。権力は究極的には物理的支配力,暴力として現れるが,日常的にはバジョットが説くように,象徴化された差異の体系として生活の中に構造化されている。軍人や警察官の制服,官僚的言葉づかい,国会答弁における慇懃(いんぎん),議事堂の偉容,国賓接待における豪奢等々。服装,言葉,ものごし,建造物,儀礼,これらさまざまの象徴を構成要素として,権力のいわば演劇的空間が形成され,権力の演技とも呼ぶべきこれらの諸象徴が,日々の生活のなかで,人々の観念のうちに権力の威信,正統性を定着させ,再生産するのである。
象徴
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「演技」の意味・わかりやすい解説

演技
えんぎ

演劇において俳優が観客の前で身ぶりやことばをもってある事件や人物などの行動を表してみせること。ドラマdramaの語が行動するという意味のギリシア語dranから出ていることに示されるように、演技は演劇の本質であり、本来何もない空間である舞台において観客の眼前にいっさいを生み出す作業である。今日では俳優が身ぶりとことばによって映画、テレビ、ラジオなどの媒体の素材となることもいい、歌曲、舞踊、曲芸、体操などの技をやってみせることも含まれる。日本語の「演技」は「技を繰り広げてみせること」を意味するので、見せ物(ショー)として意識されることが多く、日常の見知られた自分を隠し別人として行動する意味にも用いられることになる。これは西欧における、ドラマを成り立たせ展開していくアクション(行動)とは異質の概念であることは注意される必要がある。

 人類の最初の演技は物真似(ものまね)による身ぶり信号だったと考えられるが、やがて災厄を祓(はら)い、豊穣(ほうじょう)を祈る呪術(じゅじゅつ)の踊りとなる。日本の俳優の古語「わざおぎ」の「おぐ」は神霊を招き寄せること、神がかりして踊ることであって、天岩戸(あめのいわと)の前での天鈿女命(あめのうずめのみこと)の乱舞が起源と言い伝えられている。神のことば、神に祈ることばが文字に記されやがて1人の作者が台本を書くようになると、神事から離れた演劇が本格的に成立する。その時期は西欧ではギリシア悲劇、日本では能の成立時とされる。台本の文学的完成が進むにつれ、演技は神がかりや即興を脱して朗々たる台詞(せりふ)の吟唱と華麗な身ぶりによって明確な様式をつくりだした。日本の代表的な演劇である歌舞伎(かぶき)の演技は文字どおり歌舞が基本であり、男性のみの俳優がまず女方(おんながた)から修行に入ることなどに代表されるように、人間の生理さえ離れて虚構の世界をつくりだす様式美の力をみることができる。

 西欧ではギリシア悲劇において合唱と群舞の間に挟まれる主人公たちの対話の場面がしだいに拡大独立して、ルネサンスを経て人間の対立と葛藤(かっとう)を描く近代のドラマへと発展する。演技は、激しい情熱と複雑な心理をもつ近代的人間像をリアルに表現する技術となり、鋭い人間観察とその再現が名優の条件となった。やがて19世紀には演出家の芸術意図によって統一される劇団が現れ、アンサンブル演技が演劇界の主流となると、文学者―演出家―俳優のヒエラルキーが成り立ち、俳優の演技は上級者の指示を忠実に模倣し、よかれあしかれ舞台の一部品をつくりだす作業にすぎなくなった。20世紀初めモスクワ芸術座において近代演技の頂点が形づくられるが、その演出家兼俳優のスタニスラフスキーは従来の演技を整理研究して、初めて一貫した心身の訓練に基づく演技の体系をみいだした。このスタニスラフスキー・システムは以来通俗化されつつ現在の世界の演技術の基盤となってもいる。

 しかし、20世紀が深まるにつれ、演技は大きく変貌(へんぼう)し、メイエルホリドのビオメハニカбиомеханика/biomehanika(人間工学)、アルトーの「残酷の演劇」、ブレヒトの叙事詩的演劇の主張などが相次いで現れる。さらにアメリカにおける深層心理の表出の試みなどと交錯して、文学の放棄、統一ある性格の破壊、心理主義の打破、身ぶりと叫びの拡大、仮面や人形の使用、ハプニングhappeningなど舞台上に激しい生の躍動を回復する方法が求められてきた。近年、演劇の枠を超えたパフォーマンスperformanceと名づけられた表現活動なども注目されているが、現代は神がかりから歌舞様式、なまなましい人間情念の表出まで、演技の全歴史を一気によみがえらせる新しい表現の模索の時代といえるだろう。

[竹内敏晴]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「演技」の意味・わかりやすい解説

演技
えんぎ
acting

人間の身体運動,言語,メイキャップなどにより,戯曲のなかに書かれた人物を具象化し,観客にある影響を与えようとする行為。演技に関しては昔から多くの議論がなされてきたが,大別すると次の2つの見解に分れる。 (1) 演技の目的は現実の錯覚または幻想をつくりだすことであり,俳優は現実を模倣し再現する技術者である。 (2) 演技の目的は脚本のなかの人物を解釈し批判することであり,演技の本質は,俳優の現実に対する認識力や批判力にある。前者によれば,俳優の仕事は自分の個性を捨てて役の感情に没入することであり,後者によれば,俳優は常に自分を失わず,感情のなかにおいても自己を抑制し,観客に意図した効果を与えなければならないということになる。実際には,この両極端の理論のうえに立って演技がなされるのではなく,いずれかに傾斜しながら折衷の方法をとっているわけである。ブレヒトの演技における異化効果は,後者の理念を強調したもの。

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普及版 字通 「演技」の読み・字形・画数・意味

【演技】えんぎ

わざ。

字通「演」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の演技の言及

【演出】より

…演出とは,舞台のために書かれた戯曲に,あらゆる方法によって魂を与え,光を与え,生命を与えることである。戯曲を上演するためには,その中心となる俳優の演技をとりまく舞台装置,照明,音楽,音響効果などさまざまな要素が必要であるが,そのすべてを統一して調和させるのが演出の仕事である。演出家の使命は現代演劇の発展とともに重要性を増してきたが,この役割は演劇の歴史とともにあったといえる。…

【台詞】より

…したがって,よい作者は,言語の指示内容を減殺せぬよう,せりふに過剰な説明や修飾をつけ加えるべきではなく,よい俳優は,せりふの表現内容を破壊せぬように,ひとりよがりの興奮や陶酔を避けるべきだ,ということになろう。
[〈立ち聞き〉のために語られる言葉]
 ところで,せりふの指示内容と表現内容とのこの関係は,当然,演劇的な行動,すなわち広義の演技行動の本質的な構造に対応している(〈戯曲〉の項参照)。演技行動とは現実行動の再現であり,現実の目的をかっこに入れた行動であって,その分だけ行動の過程を重視し,細部の手つづきを入念に行う行動である。…

※「演技」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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