クマエ(その他表記)Cumae; Kymē

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クマエ」の意味・わかりやすい解説

クマエ
Cumae; Kymē

古代イタリア,カンパニア (カンパーニア) の都市。前 750年頃ギリシア人が建設。エトルリア人が進出し,前 474年にはシラクサのヒエロン1世がエトルリアを破ってギリシア人を救ったが,サベリ人によって征服された。前 338年ローマの支配下に入ってからはギリシア的要素は薄れた。ポエニ戦争でもローマに忠誠を尽した。シビュラの予言で有名。 13世紀初めに廃虚となった。ギリシア・ローマ時代の要塞,墳墓の遺跡がある。

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世界大百科事典(旧版)内のクマエの言及

【ティブルティナ】より

…古代ギリシア・ローマにおいては女予言者シビュラの予言の書が国家行政や戦争遂行の指針を与えるものとされていた。その中で後世高名となったのがミケランジェロの絵で知られるクマエとティブルティナであった。特にティブルティナは中世における最も有名な女予言者で,次のような伝承がある。…

※「クマエ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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